二天一流の技である前八

鍛練体系

【二天一流剣術の体系①】前八(まえやつ)で身体操作・身体創りをする

二天一流剣術では「二刀流で戦う」ために、二刀以外の鍛練体系が存在します。

この記事では、二天一流玄信会の鍛練体系の一つであり、入会後一番最初に習う体系である「前八」について詳しく紹介します。

二天一流剣術における前八の役割

二天一流剣術は、二刀を主体とした剣術流派です。したがって、本来なら両手に重い真剣を持って、両手で一刀を持つ相手と戦わなければなりません。

しかし、それでは、

  • 両手で一刀を持つ相手に力負けするのではないか
  • 重い真剣を片手で速く振ることは困難ではないか

といった疑問が出てくるのではないかと思います。

確かに、現代人が自分の身体そのままで二刀で真剣を扱おうとすれば、もちろん重くてまともに振れませんし、両手で一刀を扱う相手と戦うなんて困難でしょう。

しかし、二天一流剣術にはそれを可能とする身体操作があります。

それが『五輪書』でも明らかにされている「一重身」「切っ先返し」「粘りをかける」「漆膠之身」「愁猴之身」などの身のこなしです。

ただし、こうした動きをいきなり二刀を持って鍛練しようとすると、それはそれで難しさがあります。

そのため、

  • 二刀を扱う身体を創る
  • 二天一流における基本的な身のこなしを身につける

という目的から「前八(まえやつ)」という鍛練体系があるのです。

つまり、二天一流玄信会に入会すると、まずは前八を通して身体の鍛練や、居合刀や木剣を使って、二天一流剣術における身のこなしを学ぶのです。

前八の8つの鍛練法

さて、前八はその名のとおり8つの鍛練法から構成されており、二天一流玄信会にしかない鍛練法です。

これから、それぞれの鍛練の内容について詳しく解説します。

二天一流に興味がある方は「入ったら、まずはこんなことをやるんだなぁ」と参考にして頂ければと思います。

【調息法】

調息法は、

  • 天位直通
  • 切先返し
  • 陰陽交差
  • 流水

の4つからなります。呼吸に合わせて二刀を操ることを体に覚え込ませていく鍛練です。

二天一流玄信会の体系では、調息法と五法之構が基本中の基本に位置付けられています。稽古では、毎回最初と最後に行っています。

調息法を鍛練することで、二刀の基本的な扱い方や、刀(木剣)の重みをしっかり感じること、正中線を意識することなど、もっとも基本的なことを学ぶことができます。

また、剣術の実際の戦いのおいては、呼吸の乱れが隙になってしまうため、技を行う中で息を止めたり、呼吸を乱したりすることがないように、身体の動きと呼吸を一致させる鍛練でもあります。

【五法之構】

五法之構は、

  • 中段
  • 上段
  • 下段
  • 左脇構
  • 右脇構

の5つの構えです。

二天一流にはこの5つの構えしかなく、二刀のすべての技がこの5つの構えから繰り出されます。したがって、まずは五法之構を、鏡を見ずに、いつでもすぐに構えられるように鍛練することが、二天一流剣術を身につけるために必須なのです。

一つ一つの構えを個別に鍛練するのではなく、すべての構えが一つの太刀筋としてつながっているように行うことが重要な点です。

また、調息法・五法之構では「正中線」の意識を創ることが大事です。

正中線とは、人間の身体の中心を走る意識のことで、天から自分の身体がつり上げられているような意識を持ちます。この意識を強く形成していくことで、動きのレベルを上げていくことができます。

正中線は、他のすべての前八・勢法の鍛練の中で意識しなければならないのですが、動きながら正中線を意識し続けることは、最初は難しいものです。

そのため、調息法・五法之構という静的な鍛練の中で、まずは繰り返し意識し続け、正中線を意識する習慣を作ることが大事なのです。

【拳創り】

拳創りは、片手に一刀ずつを持つ二刀流である、二天一流ならではの鍛練法です。

二天一流では、右手に大刀、左手に小刀を持たなければなりません。片手で重い真剣を扱わなければならないのです。

そのため、重い刀を片手で振ること可能とする、手の内を創らなければならないのです。

二天一流剣術の拳創り

また『五輪書』では「下筋」を効かせて斬る、ということについて書かれています。下筋とは、小指から腕の下側を通って脇の下を通って背中に抜ける部分の意識のことです。

この「下筋」を効かせることで、真剣の重みをしっかり使い、そこに自分の力と体重を正しく乗せて斬ることができます。

「下筋」を効かせる斬りを身につけるためには、型や腕を脱力しきって、下筋のみに力を入れる必要があります。

手の内を締め、一方で肩や腕を脱力する、という鍛練をすることも拳創りの役割なのです。

【土台創り】

土台創りは、足を広く開き、体を一重身にし、重心を低く落とした「二天一流の足構え」の鍛練法です。激しく組太刀を行ったときもしっかり「二天一流の足構え」が取れるように稽古します。

「土台創り」には、2つの意義があります。

  • 上体技を安定した土台の上で創り出すため
    剣術における斬りや受けという武技は、主に上体、つまり上半身で行います。そして、強い建物は強い土台の上につくられなければならないように、強い武技を身につけるためには強い土台(つまり足腰)が必要不可欠です。
    初心者は、武技を身につけられるほどの土台を持っていません。そのままの土台で武技を身につけようとすると、弱い土台に見合った弱い武技しか身につきません。そのため、前八の段階で強い土台を鍛練する必要があるのです。
  • 自分の間合いを把握するため
    武技を使うためには「自分の技がどこまで届くのか」を把握しなければなりません。二天一流玄信会の技は、すべて「二天一流の足構え」で行うため、自分の足構えを繰り返し鍛練して身につけることで、自分の間合いを「技」にすることができます。

【膝行】

二天一流の特徴は「一重身から一重身への転換」という体捌きにあります。

一重身とは、二天一流における身体の姿勢のことです。骨盤の向きと上体の向き(肩のライン)を一致させ、ねじれをつくらない姿勢のことです。前進する場合は、この一重身から身体のねじれをつくらず、足を踏み出し、一重身から次の一重身へと転換しなければなりません。

また、二天一流剣術、ひいては日本の伝統武術においては「地面を蹴らずに前に進む」という身体操作を重視します。これは、地面を蹴って前に進もうとすると、

  • 筋肉の予備緊張によって、動きを悟られやすくなる
  • 速く動こうとするほど、力を溜める時間ができて隙になる
  • 体力を消耗する

といったデメリットがあるからです。

したがって、二天一流玄信会では、地面を蹴らずに膝を使って前に進む」という足捌きをします。身体の動きとしては、前に向かって倒れ込む動きを、膝を使った前進力に繋げるという動きです。

膝行はこの動きを身につけるために行うものです。

一重身から一重身への転換や膝を使った前進は、二天一流剣術における基本的な動きですので、前八における膝行で鍛練するのです。

【多敵之位胸背部開発法】

重い刀を片手で振るためには、腕力に頼った振り方ではなく、体幹を使って振る必要があります。多敵之位胸背部開発法では、胸と背中を大きく横運動させることで、胸背部を柔軟に使えるようにする鍛練法です。

実際の動きとしては、左右の二刀を背後で十字に組んだ「両脇の位」という構えから、左右の敵を二刀で斬るように大きく振り違えつつ前進し、また逆に振り違いつつ前進する、ということを繰り返します。

最初は、背後で二刀を十字に組むことは難しいですが、鍛練を重ねるうちにできるようになります。

多的之位には、以下の2つの役割があります。

  • 胸背部の開発
    多的之位胸背部開発法では、胸背部の横運動の柔軟性を高め、可動域を広めます。
  • 多数の敵と戦う技の鍛練
    多敵之位は、水の巻「多敵のくらいの事」に記載されており、大勢の敵と一人で戦うための技法です。大勢と戦うためには、二刀をフル活用しなければなりません。そのため、多的之位を通して、大勢と戦う技を鍛練します。

【喝咄胸背部開発法】

喝咄胸背部開発法は、胸背部の縦運動を行う鍛練法です。「喝」で二刀を突くようにして斬り上げ、切先返しし、「咄」で返す刀で二刀を振り下ろす動きを連続的に行います。

これは『五輪書』水の巻にある「かつとつと云事」にある動きです。

喝咄胸背部開発法には、以下の二つの役割があります。

  • 胸背部の開発
    喝咄胸背部開発法では、喝咄の動きによって胸背部の縦運動の柔軟性を高め、可動域を高めます。
  • 切っ先返しの鍛練
    喝咄における「切っ先返し」は、二天一流剣術においてすべての技で行われる動きです。喝咄胸背部開発法においては、胸背部を柔軟に開発するだけでなく、切っ先返しの鍛練にもなっています。

【基本練技】

基本練技とは、組太刀での稽古に入る前に、兵法二天一流の基本となる技の動きを身につけるために行われる鍛練法です。第9代宮川伊三郎規心が考案した「基本技」の7本に、第11代宮田和宏師範が「受流し」を追加した8本からなります。

一本目・縦抜打ち
縦抜打ちは、刀を上・前方に鞘から抜き、下・後方に鞘を引くことで刀の軌道と抜刀の力を生み出し、自分の正中線に沿って、敵の頭から首元まで斬り下ろす技です。

二本目・横抜打ち
横抜き打ちは、刀を真正面に向かって鞘から抜きつつ、左手で鞘を倒しながら強く引き、その力で軌道と抜刀の力を生み出し、横に抜打ちする技です。敵の胴の横腹から脇に抜けるように斬ります。

三本目・下抜打ち
下抜打ちは、右手で上方に向かって刀を抜きつつ、同時に真下に向かって鞘引きし、切先が抜ける瞬間に真半身になることで抜刀の力を生み出し、真下から真上へ斬り上げる技です。敵の小手を斬り上げます。



縦抜打ち、横抜打ち、下抜打ちの3つは、抜刀術における基本になる技です。玄信会では、最初に最も困難な技を身につけます。なぜなら、最初に難しい動きを基本技として身につけておくと、後の技をすべて変化技としてすぐにできるようになるからです。したがって、この3つの抜打ちを正確に身につけるのは時間がかかりますが、最初に覚えることで、前八の後に続く抜刀術の上達が速くなります。ポイントは、鞘によって刀の軌道を作り出し、鞘引きによって刀が勢い良く鞘から飛び出す、斬りのエネルギーを生み出すということです。前八に続く「抜刀術」は前八の変化技ですので、この段階でこれらのポイントを押さえて鍛練することが大事です。
抜打ちのポイントをまとめると「胸背部を上下に割る動きによって抜く」「左手での鞘引きによって抜く」「鞘の向きで斬りの軌道を作る」「日本刀の重みを使って斬る」といったもので、いずれも抜刀術のポイントになります。

四本目・正面切り
正面切りは、まっすぐ振り上げ、まっすぐ斬り下ろすだけの技です。ただし、他流の正面切りは、「肩・肘・手首のスナップや筋力に頼る」「左手の働きが強い」「刀の重みを利用しない」といったものであるのに対し、玄信会においては腕力やスナップを否定し、体幹の働きを使い、両手の働きを同じように使って、振り上げ・斬り下ろすように技を覚えます。日常的な動きからはもちろん、剣道や他流の剣術の経験がある方にとっても、玄信会の斬りは独特な身体操作が要求されます。したがって、いきなり正面切りを身につけることが難しいため、正面切りは「8つの段階」に分けて鍛練します。8つの段階それぞれで、一つ一つの動きを無意識的にできるように訓練することで、正しい正面切りができるようになるのです。

五本目・袈裟切り(左・右)
正面切りの次は袈裟切りですが、これも正面切りと同様の独特の感覚・身体操作が要求されます。したがって、袈裟切りも6つの段階に分けて、一つ一つのポイントを無意識にできるようにし、最終的に一つの「袈裟切り」という動きとして完成させていきます。

六本目・受流し(左・右)
受流しとは、敵の攻撃をその名のとおり受け流す技です。前八・基本練技において唯一の防御技ですが、そのまま攻撃にもなる技でもあります。最初は正しい形を身につけることだけを意識して行い、正しい形ができるようになれば、実際に正面から木剣で打ち込み、それを受け流す、という稽古を行います。

七本目・切り上げ切り返し
切り上げ切り返しは、半身から半身への転換と上体の技を一致させるために行う鍛練です。初撃は、前進しながら、下抜き打ちと同様の動きで木剣を真下から真上に切り上げ、二撃目は、前進しながら正面切りする技です。前八の1周目では、他の技は足を固定して行いますが、この切り上げ切り返しは半身から半身への転換の訓練ですので、唯一前進しながら行います。

八本目・折敷飛違い正面切り
折敷飛違い正面切りは、蹲踞の姿勢で、右半身の蹲踞から左半身の蹲踞に飛び違いつつ、正面切りを行う鍛練です。これは足腰の強さやバランスが要求されるため、土台創りとしての役割と、連続で行ってもその場から動かないという正中線の意識の強化の役割がある鍛練です。

基本練技は、上記の8種類の技を3周行います。基本的には、1周目は足を「二天一流の足構え」で固定し、上体の技だけを鍛練し、1周目では1歩踏み出しながら鍛練し、3周目では足を2歩、3歩と踏みだしつつ、移動しながら技を行うように鍛練します。

こうした順番で行うことで、まずは上体の技(斬りや受け)を無意識にある程度できるようになった上で、移動しながらできるようになります。いきなり移動しながらやろうとすれば、土台が不安定で上体の技に集中できず、半端な技にしかならないからです。

前八のポイント

以上が前八の技ですが、前八はその後の抜刀術や一刀、小太刀、二刀の勢法(型)の鍛練に入ってからも、自主的に何度も戻りながら繰り返し行うものです。

何度も繰り返し行うことで、基本的な身体の鍛練を行い、身体そのものの(武道体と言います)をレベルアップさせつつ、基本的な動きを高めることができます。その高まった身体・動きが、勢法(型)をレベルアップさせ、また勢法(型)の鍛練が、技の意識や身体操作をレベルアップさせ、前八そのものも高いレベルで行えるようになる、という相互浸透的な発展を生み出すことができるのです。

以上が、二天一流玄信会における、最初の鍛練である前八の解説でした。

次は、二天一流における「抜刀術」について解説していきます。

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